高校生の頃、部活の合宿の恒例行事に「肝試し」がありました。
そんな本格的なものではなく、深夜の校内を一人で歩いて、目的地に置かれたもの――これはお菓子だったりピンポン玉だったりしましたが――を持ち帰って来るというだけの単純なものです。
本来なら墓地や廃墟でやった方が怖さは倍増するものですが、いつも通っている学校だと「知っている風景だからこその恐怖」というものを味わうことが出来ます。
夜の学校の中を「怖い怖い」と言いながら歩く…それだけでも肝試しとしては合格です。
しかし、僕が高校2年生の時に行われた肝試しは、少し違うものになってしまいました…
僕が所属していた剣道部は、毎年8月上旬に3泊4日の合宿をしていました。
練習は普段の部活と同じく武道館で。寝泊まりや食事は学校の敷地内にある合宿用施設で行います。
毎年恒例の肝試しは3日目の夜。夕方に3年生が校舎のどこかに、持ち帰るものを置いておき、22時過ぎに部員全員でくじ引きをして順番を決めて、その順番通りに一人ずつ真っ暗な校舎の中に入って行きます。
戻ってきたら次の人…といった具合に進むので、部員の数によっては時間がかかるのが難点ですが、最後の方の順番の者は、仮眠と取ることも許されていました。
僕が2年生の時も例年と同じように肝試しが決行されました。
先輩は旧校舎3階のトイレ前にある手洗い場に、カゴに入れた飴を置いておきました。
「いつもと同じで、一人戻ってきたら次の人が行くこと。懐中電灯の使用は禁止。飴を持って帰れなかった者には、部員全員の竹刀を整備してもらう」
午後22時。一番目の人が校舎へと入っていきました。僕はくじ引きの結果、順番が一番最後だったので、自分の番が来るまで仮眠を取っていました。
後輩が起こしに来た時には、ちょうど日付が変わるか変わらないかというくらいの時間で、僕は眠い目を擦りながら真っ暗な校舎の中を進んでいきました。
最初は何も見えませんでしたが、次第に目が慣れて行き、窓から差し込む月明かりを頼りに廊下を歩いて行きました。
夜の学校は、昼間とは違う顔を持っています。
見慣れた廊下も、教室も、階段も…昼間の生活感が嘘のように非現実的なものに見えてきます。まるで異世界に来てしまったかのような錯覚すら覚えるのです。
ふと見遣った教室の隅に、誰かが佇んでいるんじゃないか…そんな考えが自然と頭をよぎってしまいます。
1階の階段に差し掛かり、手摺に手をかけて一段一段転ばないように気を付けながら登って行きました。外はじっとりと張り付くような熱帯夜だというのに、校舎の中はひんやりとした冷たい空気が充満していました。
2階に到着した時、僕は一度立ち止まって大きく深呼吸をしました。大した距離を歩いていないのに、肝試しという特殊な状況で息が詰まったからです。
わざとらしく、はぁ…と声を出して息を吐くと、僕の声は校舎の中に吸い込まれていきました。すぐにしんと静まり返って、さてまた歩き出そうとした、その時…ひゅうっと冷たい空気が頬を掠めました。
風…いえ違います。まるで冷たい手が、頬に触れていったような、なんとも気持ちの悪いものです。
体中がぞわり…と粟立って、辺りを見渡しました。
当然、僕以外誰もいません。
なんだ気のせいか…そう思ったその時。僕の視界の端に、1階と2階を繋ぐ階段の踊り場にある、大きな鏡が入りました。
よく見ると、学生服を着た誰かが、ゆっくりとした足取りでこちらへ向かっている様子が写っていました。
合宿中の剣道部員は、夜寝る時は全員ジャージを着ています。肝試し中も寝る時と同じ学年別に色分けされた学校指定ジャージです。
鏡の中に見え隠れした人物は、剣道部員ではない…
悲鳴を飲み込み、僕は急いで3階への階段を駆け上がりました。下へと目を向けると、やはり何者かがゆっくりと階段を登って来ています。
部員の誰かが悪戯をしているのか?それにしては、その人物は生の気配を感じられません。
まるでこの世の者とは思えない…どこか危険で、不気味な空気を纏っていました。
明らかに僕を追っている!僕の後ろをついて来ている!
3階のトイレを目指し、暗い廊下を無我夢中で走り抜きました。やがてトイレの前にある手洗い場が見えて来て、白いカゴを見つけました。
あった!これだ!
手洗い場の鏡の前に置かれたカゴの中には、色とりどりの飴が入れられており、そのうちの一個を乱暴に掴み取りました。
これで後は戻るだけだ!
がむしゃらに走って来た僕はぜぇぜぇと息を切らしながら、手の中を飴を見つめました。
さぁ、もう帰ろう…。顔を上げて鏡を見ると…
僕の後ろに、学生服を着た白い顔の男子生徒が、無表情に僕をじっと見つめていたのです。
生きているとは言えない空気をまき散らしながら……
その後、僕はどうやって戻ったのかよく覚えていません。
先輩や同級生の話によると、すごい叫び声をあげながら戻って来たのだとか…
最初は彼らも、ビビりすぎだよと笑っていましたが、つっかえながら見て来たことを話す僕の尋常ではない様子に、不気味なものを感じたようです。
その年の肝試しで、学生服の男子生徒を見たのは僕だけでしたが、先輩の話だと過去にも同じようなことがあったそうです。
そして、他の部活の生徒からも似たような話を聞いたことがあると…
僕が卒業してから数年後、合宿での肝試しは学校全体で禁止になりました。
怪我や盗難などの安全や防犯上の理由とされていますが、本当のところは僕や他の生徒が見た、あの白い顔の男子生徒のせいかもしれません。
今でこそ肝試しは行われていませんが、まだ彼は、校舎の中を彷徨っているのではないでしょうか…
学校の肝試しを読んだ感想
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