その沼地に近付いてはならない。
“神様の祟り”があるから。
私は神社とは、いわく付きの場所に建てられるものだという事を聞かされた事がある。
その神社の周辺は沼地になっていた。
人喰い沼とも呼ばれており、この辺りでは、子供が遊んではいけない場所とされていた。鬱蒼と草木が生い茂っている。
此処で、一体、どんな神様を祀っているのだろう?
一説には、水子の霊だと言われているが、定かではない。
神主さんも一応、いるみたいだが、地元の者達は、この神社に余り深入りしない方がいいという話だった。
私とリズミは、この神社の秘密について調べようという話になった。
最初に持ち掛けてきたのは、リズミの方だった。
「ねえ。この辺りに住む人達が忌み嫌っているものって、興味が湧かない?」
彼女は言う。
リズミは転校生だった。
だから、この辺りの住民に馴染みたかったし、この辺りの事も詳しく知りたかったのだろう。
私は内気な性格の為に、クラスで友達が少ない為に、リズミの方から声を掛けられた。
そういうわけで、私達二人は、この神社を調べる事になった。
正確には、神社の境内の中といっても、近くにある沼地なのだが。
この神社の伝承によると、昔、飢饉の時に、大量の生まれたばかりの子供も、沼へと沈めたらしい。……それ以外にも、更なる噂によると、育てられない子供や、堕胎した子供の死体を、この沼地に投げ捨てる親も多かったのだとか。
面白そうじゃない? と、リズミは言う。
私も、嫌々ながらも、強い好奇心に駆られて、その沼地を探検しに行きたいと思った。
そういうわけで、私達二人は、この神社に関しての秘密に踏み込む事にした。
夜の八時くらいだろうか。
私達二人は、神社付近にある、沼地へと向かった。
「ねえ、あそこ深そうだよ。あそこに、昔、子供が投げ捨てられていたのかなあ?」
リズミは微笑む。
私はあるものを見つける。
それは、小さな風車だった。
くるくる、と、様々な色の風車が風で回っている。
「何? これ? 気味が悪い…………」
私は、そんな事を口走る。
「きっと、供養の為のものか何かだよ。ほら、大丈夫だって」
そう言いながら、リズミは風車の一本を掴んで、鞄のポケットに入れた。
沼地には、橋が掛けられていた。
そして、所々に、小さな祠のようなものがあった。
私達二人は、好奇心旺盛に進んでいく。
しばらく行くと、また奇妙なものを見つけた。
それは、何かボロボロに朽ちた家の残骸のように見えた。
「チグサ。あれ、なんだと思う?」
リズミは、私に訊ねる。
「そんなもの、分かるわけないじゃない……」
家の残骸のようなものは、随分、古いもので、少なくとも数十年くらいは経過しているように見える。そして、私達が立っている橋の上から十数メートルくらい遠くにあった。
「今日は、そろそろ、帰ろうよ、リズミ……」
私は何だか、胸騒ぎがして、彼女に言う。
「もうちょっと、探索してみようよ、チグサ。何かもっと面白いものが見つかるかもしれないからさ」
リズミは、そう言って聞かない。
ふと、何者かが私達の処に近付いてきた。
どうやら、それは白い服を着た神主だった。
「お前達、此処で、一体、何をやっている?」
彼は訊ねる。
怖い顔をしていた。
「ええっ、と。ちょっと、郷土見学をですねえ……」
リズミは、そんな、すっとぼけた事を言う。
「この辺りに近付いてはいけないよ」
神主さんは、有無を言わせない口調で言った。
「では、この辺りは、この神社には、一体、何を祀っているのですか?」
リズミは毅然とした態度で訊ねる。
「それは、知ってはならない事だよ。特に、君達のような若い女の子は“狙われる”。だから、決して踏み込んではいけない領域なんだよ。今日は暗くもなっている。だから、早く帰りなさい」
そう言って、私達二人は、神主さんから神社の周辺にある沼地から帰された。
その夜、リズミからスマホでメールがあった。
<ねえ。チグサ。夜中にまた行ってみようよ?>
リズミはまるで、怖いもの知らずみたいだった。
私の場合は、神主さんの厳しい顔を見てからすっかり委縮してしまっていた。
そうして、私はリズミに半ば強引に夜の神社へと連れていかれた。
そこは、昼から夕方に掛けてのしんみりとした不気味さと比べて、完全に何処か異界の世界へと紛れ込んでしまったような感覚に陥った。夜の空気が、ひんやりと、肌に染み渡る。
神社の方向も、何かとても不気味な雰囲気を出していたが。近くの問題の沼の方は、一層、不気味だった。
「ねえ、リズミ。止めた方がいいんじゃないかなあ?」
霊感が無い私にも、分かる。
これは、やばい、と。
「いいじゃん、いいじゃん。神主さんも見回りにいない事だろうし、もっと奥深くに進んでみようよ」
リズミはそんな調子だった。
そういう言っているうちに、私はリズミに手を引かれて、橋を渡し、沼の奥へと向かっていった。途中、家屋の残骸も見えた。夜に見ると、まるで巨大な怪物の死体のようにも見えた、今にも生き帰って動き出しそうな……。
だいぶ、奥まで進んだ頃だろうか。
リズミは、何かと会話しているようにも見えた。
そして、時折、うふふふっ、と、彼女は笑い始める。
「君達、可愛いなあ、うん、優しくしてあげるよ。うん、大切にしてあげる」
彼女は見えない何かに向かって、そう告げる。
私は気付いてしまった。
沼の奥底から、沢山の子供や赤ん坊の腐乱死体が這いずり回っていて、リズミの両脚に絡み付き、腹にも触れ、全身をよじ登っている事に。赤ん坊の中には、全身がバラバラになって、ぐしゃぐしゃになっているものまでいる。そういえば、保健体育の授業で見せられたのだが、赤ん坊を堕胎させる際に、既に人の形に出来あがっている存在を、バキュームみたいなもので吸い出して、少しずつ細かい肉塊にして子宮から押し出していくのだとか……。
私は悲鳴にならない悲鳴を上げて、その場から逃げた。リズミを見捨てる形になった。そもそも、今のリズミには、何を言っても通じないように思えた。彼女はとても幸せそうな顔で、橋の上で笑っている。
そして、背後で、どぼん、と何かが沼に落ちる音が聞こえた。
人一人が落下する音だった。
私は振り返れなかった。
もし、振り返ったら、私も引きずり込まれるだろう……、その確信はあった。
後日、リズミは学校に来なかった。
完全に、行方不明になってしまったらしい。
ただ、あれ以来、あの神社で、女子学生の幽霊が、大量の子供の霊と一緒に出る、という噂は、度々、耳にする。
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