【怖い話】キャリーバッグの中身

短編の怖い話



大学生の時、海外旅行に行こうと友達と計画しました。
大型連休と夏休みにバイトをしまくり、節約し、貯めに貯めたお金を憧れの海外旅行に注ぎ込もうとしたんです。
行き先はイタリア。予算を考えると韓国や台湾の方が安くて良いんですが、ヨーロッパの方が海外旅行って感じがするでしょう?そんな安直な理由で行き先を決めたんです。と言っても、ツアー旅行ですがね。

色々問題はありましたが、困ったことがありました。
私は今まで旅行と言えば、国内の温泉くらいしか行ったことがなく、荷物はすべてボストンバッグ一つに納まっていたんです。
しかし、海外旅行ともなるとそんなバッグじゃ荷物が入りません。キャリーバッグくらいじゃないと海外旅行に必要なものすべては入らないでしょう。
私は旅行のためにキャリーバッグを買わなければなりませんでした。

キャリーバッグは大きさによって値段は様々です。小さいものは数千円。大きいもの……それも頑丈でロックがしっかりしているものは万単位になります。
大学生だった私にとって万単位の買い物は勇気が要ります。そんな頻繁に使うものでもありませんし……だからと言って安っぽいものだと壊されて盗難される恐れもあるし……出来るだけ安くて良いものを買おうと思いました。
そこで思い付いたのが、フリマサイトです。
そういうところに出品されているものは、中古だけどブランドの良いものが出ていたりします。
私はキャリーバッグを買うためだけにサイトに登録し、数日かけて海外旅行用のキャリーバッグを探しました。
出品されているのは小さめのものが多かったのですが、中には海外旅行用のものもいくつかありました。しかし……高い。有名ブランドのものや、限定コラボデザインなど、そういった付加価値のついたものだと値段は跳ね上がります。

「普通のでいいの、普通ので!」

祈るような気持ちで探し……やっと見つけました。
色はブラック。頑丈でロックもしっかりでき、大きさは海外旅行におあつらえ向き。幸運なことに新品同様。価格もかなり安く設定されていました。持ち主は、このキャリーバッグを売って儲けたいというより、早く処分したいという感じなのでしょう。
さっそく出品者に連絡を取ると、数分後には返信が来て、トントン拍子で取引が成立しました。

数日後に届いたキャリーバッグは、私が想像していた以上の美品でした。傷も無くピカピカで、ほとんど使用されていないのが目に見えて分かるほど。
これは良い買い物をしたぞ!と私は大喜びでした。
中を開けると、ほんのり消臭剤の匂いがしました。前の持ち主が私に送る前に、中に消臭剤を入れて臭い消しをしたのでしょう。
キャリーバッグは、一週間分の荷物を入れられるほどの大きさで、身を屈ませれば、小柄な女性くらいなら入りそうに思えました。子供なら余裕でしょう。
気持ちが高揚し、少し不謹慎な冗談を頭に思い浮かべて一人で笑っていました。
しかし、なんだかキャリーバッグを開いた時から……誰かに見られているような視線を感じたのです。
ほら、人に見られている時って、なんだかぞわっとしませんか?あんな感じの、ぞわぞわっとしたものを体に感じて……すごく良い買い物をした後なのに、モヤモヤした気持ちがありました。

当時私が住んでいたアパートの収納は狭くて、買ったばかりのキャリーバッグを入れることが出来ませんでした。
仕方ないので、キッチンと一緒になっている廊下に置いておくことにしました。
キャリーバッグが届いた夜。私はいつもと同じようにベッドに入って眠りました。疲れていたのか、部屋を暗くしたらすぐ眠ってしまいましたね。
どのくらい時間が経ったか……真夜中に私はある物音で目を覚ましました。

ドン……ドン……!

何かを叩くような、鈍い音です。
またお隣さんのサラリーマンが、酔って壁でも叩いているんだろうと、二度寝しようと布団をかぶり直しました。
ところが……

ドンドン……!ガタッ……ガタッ……!

音はまったく止みません。それどころか、前より激しさを増していました。
どこから聞こえて来るんだろう……よくよく耳を澄ますと、音は私の部屋の外ではなく……“部屋の中”から響いていました。
それに気付いてから、恐怖で体が強張りすっかり目も頭を冴えて、眠ることなど出来なくなりました。

どこから……?どこから聞こえているの……?誰かが部屋に入ってきた……?

侵入者かもしれないと思い、体が震えました。殺されるかましれない、と……。
しかし、音が近付いて来ることはありません。これが暴漢なら、私が寝ている部屋まで入って来るはずです。
音は……廊下から聞こえて来ました。ただし、そこから移動することなく、ずっとその場から響いていたのです。

ドンドンッ……ドンドンッ……!
ガタッ……ガタガタッ……!

聞き慣れない音に怯えつつ、私はベッドから起き上がり、ゆっくりと廊下に向かいました。
暗い廊下には、あの買ったばかりのキャリーバッグが置いてあります。
私は……それを見て、ひい!と悲鳴を上げました。

黒いキャリーバッグの内側から、何者かが叩くような音がしたからです……。
そして、叩くのと同時に、ガタガタと音を立てて蠢いていました。

そう、まるで誰かがキャリーバッグの中に入っているかのように……。

私は目の前の光景が現実のものと受け入れるまで、時間がかかりました。
「早くここから出してくれ!」と叫ぶような物音は、あまりにもおぞましく、現実味の無い光景だったのです。
私は意を決して、キャリーバッグを床に叩き倒し、ロックを外してファスナーを開きました。中を改めるためです。
開いたキャリーバッグの中身は……何もありませんでした。
ただ消臭剤の香りがするだけで、何かが入っているわけではありません。
しかし、背筋を粟立たせるような不気味な視線だけは……キャリーバッグを開いた瞬間から感じ取れました。

これは……ヤバいものを買ってしまったかもしれない……。

その夜私は、キャリーバッグを部屋の外……アパートの廊下に出して電気をつけたまま眠りました。
時折、ドンドンと叩くような音を微かに聞きながら……。

結局そのキャリーバッグは、後日手放すことにしました。
どこに捨てればいいのか分からなかったので、登録したばかりのフリマサイトに出品し、二束三文で売ってしまったのです。
もしかしたら、元の持ち主もこういった理由で売っていたのかもしれません。

あるサスペンスドラマで、キャリーバッグに死体を詰めて運ぶという話をやってたのを見たことがあります。
ミステリにありがちなトリックですが、あのキャリーバッグはそんな使われ方をした曰く付きのものだったのかも……。

最近、フリマサイトを覗いてみたら……また出品されていましたよ、あのキャリーバッグ。
あまりにも安すぎるキャリーバッグは、手を出さない方が良いですね。
何があるか分かりませんから。



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