狐憑き
これはまだ自分が幼かった頃の話です。自分の故郷はいわゆる田舎というものでした。コンビニもスーパーも車で15分ほど走らなければ到着せず、家の周りも山や田んぼ畑に囲まれていました。私が子供の頃はよく山の動物を追いかけたり、ぬかるみに住むカエルやザリガニを探したりしたものです。ここではよくある少年たちの遊び方です。
ですが自分の故郷はは普通の田舎とは毛並みが違いました。山がいけなかったんです。私の祖母はよくこう言いました。「山は登ったらいかんで、悪いものに憑かれてまうからな。」今考えてみると山は危険だから遊ぶなという、老婆心からくる忠告だったように思えますが、その頃は何も理解せずただただ興味の赴くまま過ごしていました。
そんなある日のことです。当時10歳だった自分は、本の出来事でその登ってはいけない山に登ってしまいました。もちろん家族には伝えず一人きりで・・・日はまだ傾いておらず13時頃だったと思います。そんな時間だったこともあり、自分は軽々と考えなしに山に入ってしまいました。山道は荒れていて、背の高い草が生えていたのを覚えています。
そんなくさはらのトンネルをひたすら進んでいきました。ふとカラスが鳴いたような気がします。そしてその頃から湧き上がってきた、自分は今全く知らない場所に一人でいるという恐怖感を鮮明に覚えています。わかりやすくいうと迷ってしまったんです。
山道は思ったより入り組んでいてすでに一本道ではなくなってしまっていることにも今気づきました。途中獣道も混ざり始めたせいもあり脇道に逸れてしまったのでしょう。その後は恐怖によりほぼパニック状態でした。脇目も振らず来た道を必死に駆け下りました。しかし降っても降っても入り口にはたどり着けません。私は「お母ちゃん助けて」と泣き叫びながら走り回っても結果は変わりませんでした。
クタクタになって憑かれてしまった私は、大きな木の幹利根の間にうずくまるように腰を下ろしたのです。その時はただ帰りたい一心でした。そうこうしているうちにだんだん日が傾き、ついには夕日が差し込む時間帯になってしまいました。
周りが黄金に染まる頃一匹の狐がこちらを見つめていることに気づきました。いきなりの出現に驚き逃げ出したい気持ちにもかられましたが、その体力もなくただ顔を伏せずにずっと耐えていました。どれくらい時間が経った頃でしょうか。伏せていた顔を上げてみるとまだそこに狐はいました。今度は驚きませんでした。そしてそんな狐を見てなぜか安心したのを覚えています。狐は身じろぎもせず、こちらをただじっとみるばかりでした。
何時までそうしていたでしょうか。もう日が落ちてしまったかのように森が暗くなってきた頃合いで、自分は眠気に耐えれず卒倒するように意識を失いました。このあたりの記憶は曖昧でいつ意識を失ったのかもわかりません。ただ次に気がつくと見慣れた境内の中に横たわっていました。そこはよく遊びにくる人車でした。戻ってこれたのです。その後は必死の思いで急いで家に帰りました。
家にたどり着くや否や、母親の叱責と心配だったという安堵の涙に包まれました。後で聞くところによるともう少し帰ってくるのが遅ければ、山狩りをするような事態だったと言いうことでした。
その体験の後自分は2度と山には上らなくなりました。ただひたすら怖かったです。一人で未知の場所にいるという恐怖。そしてどのように帰れたのかわ後々明らかになりました。神社の神主が裏手の山から私を拾ってきてくれたようでした。どうやらがむしゃらに走っているうちに神社の近くまで来ていたらしく、礼を言いに行くと神主は「運がよかった」と言っていました。今でも神主には私の命の恩人として感謝し続けています。しかしあの狐のことは今でもわかりません。山の神様が助けてくれたのか、ただ興味があってその場にいただけなのか、それとも弱るのを待って食べようとしていたのか。山の未知の領域、そう神主も言っていました。
それともう一つ偶然とは言えないことがあります。それは神主に助けられて連れてこられた神社が稲荷神社だったとのことでした。稲荷神社というのは狐を祀っている神社のことです。もしかしたらあの狐は神社の守り神的な存在だったのかもしれません。私は狐を拒絶せずに受け入れたので助かったのですが、もしあの場で逃げてしまっていたら境内にたどり着くことはできなかったのかもしれません。
これは山に登った後に祖母から聞いたことなのですが、私が登った山には狐が出て人をさらうという伝承があるようです。そしてその伝承の被害者は私と同じような年齢の少年少女でした。祖母が知っているだけでも何十人もの神隠しにあったと言いいます。その時までは伝承に関して信じていませんでしたが、これを聞いて体験してからは信じるようになりました。今では新しい土地で暮らしていますが、そこでの口承伝説を調べるようにしています。
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