【怖い話】墓泥棒をする友人

実話の怖い話



俺が昔、ファミレスのバイト先で知り合った友人はかなりの変わり者だった。

その友人はバイト中にも、客に出す料理をつまみ食いする、隠れて仕事をさぼるといった今で言う“バイトテロ”に近い事をするといった奇行が多かった。プライベートでも奇抜な行動が多く、彼の奇行の中で、その一つに“お墓にある御供え物を盗んで勝手に食べる”という行為が一番、印象的だった。
その行為によって起こった、馬鹿な友人の末路を話したいと思う。
そして、俺自身に起こった事についてもだ……。

友人は、深夜のお墓に侵入して、墓に供えられた果物やジュース、和菓子に酒にゼリーといったものを盗んでいた。狙い目の日や人に見つからない日などもよく知っていた。虫が付いていたり、多少、腐っていたりしても、友人は喜んで食べていたらしい。たまにバイト先に御供え物の饅頭を持ってきて、墓泥棒をして盗んだものだと言わずにバイト仲間に振舞うものだから溜まったものではなかった。

そのうちバチが当たるんじゃないのか?
俺はそんな事を考えながら、友人の話を聞いていた。

その他にも友人は死者や神仏を馬鹿にしたり、冒涜するような事を行っていた。
TVで心霊写真特集が組まれると、あんなものはパソコンのソフトで幾らでも作成出来る、占い師や霊能者が番組に登場すると、ああいってホラを吹いて一体、ギャラは幾らなんだろうとしきりに語っていた。
バイト仲間同士での飲み会の帰りには、神社に行くと御本尊に油性ペンでラクガキをしたり、鳥居なども蹴り飛ばしたりしていた。一緒にいるこっちとしては溜まったものではなかった。

普通、そんな友人を眼の辺りにすると、バイト以外のプライベートでは距離を置きそうなものだが、俺も当時は恋人もいなく、正社員という定職にも就いていなかったので、友人のそんな奇抜な行動が日頃の鬱憤晴らしなのだろうなあと思って、積極的に彼の奇行に混ざったりこそしなかったが、黙認して、彼の奇行を楽しんでいた。
実際、他のバイト仲間の間でも、彼の印象は悪くなく、ムード・メーカー的な処はあったと思う。仕事の出来ない新人に率先して仕事を教えたり、代わりにやってあげるといった面もあった為に、みなから好かれていたように思う。店長にも怒られながらも愛されている不思議な奴だった。

ただ、ある日の事だった。
彼は体調が悪いと言って、バイトを休みがちになった。
いよいよバチでも当たったのだろうと思って、俺は彼の家に見舞いに行った。

彼の住んでいるマンションの扉の前に立って、チャイムを押した。
中から、開いている、勝手に入れ、という声が聞こえてきた。友人の声だった。
俺はドアを開けて中に入る。
まるで、硫黄と、ヘドロのような異臭が鼻を襲った。

「どうしたんだ? お前。さては、幽霊、神仏のバチでも当たったかあ?」
「食中毒になった」
そう言って、友人は腹を押さえていた。
そして、俺を家に入れた後、そのままトイレへと駆け込んだ。

トイレから出た後、友人は俺を部屋の奥へと招き入れた。
何かとてつもない寒気に襲われた。
トイレや台所の辺りから、異様なまでの“気配”も感じた。
何かが家の中でうろついているように感じた。

友人の部屋の中には、墓地から盗んできた”献花”らしきものが、大量に敷き詰められるように並んでいた。
当然、枯れているものも多いが、枯れずにまだ瑞々しさの残っているものもある。そして、硫黄とヘドロのような異臭の元が一体、何なのか分からずに辺りを見渡していると、どうやら押入れから臭いが漂っているみたいだった。俺はそっと押入れの方を覗く。
すると、何故か、水槽いっぱいに詰め込まれた土があった。
おそらく、墓場の土、なのだろう。
だが、墓場の土といっても、ただの土でしかない。奇妙なのは、土の上に、小さな卒塔婆や線香などが突き刺さっていた。そして、それに混ざって、小さな……風車が突き刺さっていた。

「これ、なんだよ、お前?」
俺は訊ねた。

「何って。戦利品」
友人は答えた。

……正直、俺には霊感は無かった。
それに、俺も無神論者だったし、幽霊の存在も信じていなかった。
だが、これが何かとてつもなく禍々しいものである事だけは理解出来た。絶対に持っていてはいけないものだとも……。

「お前、また墓荒らしやっただろ? 今度は何処の墓に行ってきた?」
「恐山」
彼はそう答えた。
そういえば、水槽の中に入った土に刺してある風車は、以前、ネット検索で見たイタコで有名な恐山によく刺してある風車と酷似していた。

だが、恐山は青森県だった筈だ。俺達の住んでいる場所からはかなり遠い。友人が恐山まで本当に行ってきたとは考えにくい。多分、いつものすっとぼけた冗談なんだろうな、と、俺は判断した。

「とにかく、その風車。どこのお墓で盗んできたか分からないけどさ。返してこいよ。俺、霊感まったく無いけど、とにかくそれ、気持ち悪いぜ」
「大丈夫だって」
そう言う友人の眼は暗く淀んでいて、何処か狂っているようにも思えた。

俺はその日は、そのまま帰った。

後から思い出した事なのだが、風車は水子供養の意味があるらしい。

その後、俺は夕食を家で済ませた。スーパーで買ってきたハンバーグ弁当だった。
食感が異様にどろどろとしていて、いつもの味と違っていた。
ただ、何処か懐かしい味だった。
その日の夜、俺は夢を見た。
真っ赤な闇の中だった。俺はうずくまっていた。とても温かかった。
多分、此処は生まれる前の世界……母の胎内なんだろうと……。

そして、俺は眼を覚ました。
朝だった。
昨日、口にしたハンバーグの味は……母の胎内にいた頃に食べた胎盤の味なのだろうと思った。

……あれから、友人はバイト先に来なくなった。
携帯に連絡しても出ないらしい。
俺は友人の家に行ったあの日から、彼の家に再び上がる事を拒否していた。とても怖く……そして、気持ち悪くて仕方が無かったからだ。

俺は彼が盗んできた風車や献花は、おそらく、水子の墓から盗ってきたものだろうと確信していた。

そのまま、数週間が経過した。
友人はマンションの部屋の中で亡くなっていた。
腐乱死体で転がっていたらしい。

警察の話を聞くと、事件性は無く、自殺だろうとの事だった。
彼の身体は、まるで、彼によって奪われて、彼の血肉になった御供え物の品を取り返すように、大量の蛆によって貪り喰われていたらしい。

検死の結果、死因は………、餓死だったらしい。

………………、あれから、十年近くが経過した。

俺は“終わっていない”。
俺も友人が墓泥棒をして手に入れた戦利品を何度も口にしていた。たまに、当時のバイト仲間にも連絡をする。彼らもまたあの変な友人が墓で手に入れた“戦利品”を口にした事が何度かあった。

俺の周りには、いつも気配を感じる。
恨めしげで、嘆き悲しむような気配だ。
おそらくは友人を殺したと思われる水子達の霊は、俺やバイト仲間に恨みは無かったのだろう。なので、水子の霊らしきものは現れない。
けれども、様々な気配……幽霊だと思われる気配が、俺や当時のバイト仲間の下へと現れる。それは老人だったり若者だったり、血塗れの女性だったりした。

後から知った知識なのだが。

黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)というものが、古事記の話の中に登場する。
黄泉の国の食べ物の事らしい。
そして、それを食べてしまうと、黄泉の国、死者の国の人間になってしまうそうだ。

お墓に供えられている御供え物は、つまり“死者の国の食べ物”なのではないか。
生きた人間が口にすれば、死者の国の住人になる……。

俺達は友人の手によって、それを口にした。

今、俺には恋人がいて結婚も考えている。
五歳年下の彼女だ。セミロングの似合う美人だ。
彼女からはデート中に会話して言われる事がある。

たまに、貴方と話していると、なんとなく死んでいる人と話しているような気がする、と。
彼女には霊感があり、実家でよく死んだ祖父と会話する事があるらしい。そして、死んだ祖父と俺は、同じ匂いがするのだと…………。彼女以外にも、霊感がある人間と会話すると言われるのだ。お前と話していると、何故か、死人や幽霊と会話しているような感覚になってくる、と。

俺は友人の手によって、生きたまま死んだ人間になってしまったのかもしれない。
来年には彼女と結婚して、子供も作ろうと考えている。

ふと、俺は疑問に思う。
死んだ人間と生きた人間の子供は、半分、死人なのだろうか、と。

どちらにせよ、俺や当時のバイト仲間達にまとわり付いてくる気配は一向に消えないし、俺が何処か生きていない、死んでしまったような感覚は拭い去れない。

当たり前の常識だが、お墓の御供え物なんて盗んで食べるものじゃない……。



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