葬儀場の足音
ある年の、母方の祖父が亡くなった時の話です。
私の祖父は当時ガンを患っており、ここ数年間では病院を入退院する闘病生活をしていました。ある時病院から「〇〇さんの祖父が危篤状態に陥っている」という連絡が病院からきたんです。
当時住んでいた場所が病院から近かったこともあり、私は身内の中で一番に祖父の元につき、最後を看取ることができました。
亡くなった祖父は間も無く葬儀場に移され、その日はすぐに家に帰りました。
祖父が亡くなったその日から、なぜか誰かに見られている感覚がするようになりました。ですが視線の方を向いてももちろん、一人暮らしなので誰もいません。私は気のせいだと言い聞かせるように、その日は布団につき寝ました。
葬儀場に移された翌日、朝から親戚一同が集まって葬儀の日程について話し合いをしました。その話し合いで祖父の葬儀は3日後に執り行われることに決定しました。葬儀の日程が決まるころには、あの誰かに見られている視線が消えていました。
日程が決まるころにはいつの間にか陽も落ちてしまい、親戚の人たちは一家族また一家族と帰っていき、残ったのは叔父夫婦と私の家族だけになりました。
そうして私たちも帰ろうとしたその時、ロビーの方から足音が聞こえてきたんです。人数は二人だったでしょうか。話し声は聞こえないものの私にははっきりと足音が聞こえたんです。
「葬儀用で働く人も大変だよね」
と私が独り言のように言うと、すかさず叔父がこう答えました。
「葬儀場の人たちはさっき全員帰って行ったし、足音なんて聞こえない。気のせいなんじゃない。」
でも私にははっきりと聞こえたんです。ですが他の家族や叔父夫婦には全く聞こえていないようでした。寒気と嫌な予感がしたので、私はすぐに「気のせいだ」と言い聞かせて聞こえていないふりをし、その後家に帰りました。
家に帰った後にも、この前のような視線を感じてしまうのではないのかと不安になったりもしましたが、そんなこともなく普段と変わらずに寝ることができました。
そんなこともあり3日後の葬儀の日になりました。葬儀の日は平日だったので親戚一同が集まったのは夜になりました。親戚一同が集まってからはすぐに葬儀が始まり、何の滞りもなく無事に終わることができました。
終わった時の時間は何時頃だったでしょうか。正確には覚えていないのですがおそらく夜11時ごろだったと思います。当然午前中の仕事もあったのでクタクタでした。家に帰ろうとロビーを出ようとしたその時、葬儀の日程を決めた夜のあの足音が聞こえたんです。もちろんあの時と同じ二人の足音でした。
ふと私はこの足音が誰のものなのか気になりました。叔父さんはまだ葬儀場にいます。葬儀場で働いている人ももう帰っている時間です。この足音をたてている人というのはいないはずなんです。そしてこの前の、私にしか聞こえなかった足音。私は気になって気になって仕方がなくなりました。
そんな好奇心と恐怖心とに苛まれながら、足音のする方へする方へと歩いて行きました。一歩また一歩と、歩みを進めていく中でとある部屋の前に到着しました。もちろん足音を辿ってきたのですが、部屋の前には誰もいませんし、襖を開けた形跡もありません。
ここまできた手前、この襖を開けて部屋に入らずに帰るという選択肢はありませんでした。明らかに嫌な感じが漂っていたのですが、恐る恐る一歩一歩近づき襖に手をかけました。
少しし年季が入っていたのか簡単に開きませんでした。開けようと両手を使って身体中の体重を加えると
ギシッ!
っと音を立てて襖が開いたんです。
恐る恐る中に足を踏み入れると、暗く埃っぽく蜘蛛の巣が張っているだけの部屋でした。特に何もなかったので部屋を後にしようとしたその時、部屋の中からあの二人組の足音が聞こえてきたんです。
今までのこともあり、どうせまた気のせいだと感じた私は確認せずに部屋を出ようとしました。そうすると私の肩に何か違和感を感じたんです。誰かに触られているようなそんな違和感。私の全身の毛は全て逆立ちました。
私にはもうはじめに足音について行った時のような好奇心はなく、恐怖心で一杯になっていました。その場を走って出て行った私はそのまま家に帰りました。その怖い経験した日に風呂場で違和感のあった肩を見る痣ができていました。
右肩には左手の痣が左肩には右手の痣がありました。これが意味するのはあの部屋には二人組の何かがいたということです。その痣は数日で消えました。
後日叔父さんにこんな怖い体験の話があったと話したところ、叔父さんからこのように聞きました。
私が入った部屋はその昔、祖父と祖母が初めて出会った部屋だったそうです。その部屋で祖母は看取られて亡くなってしまいました。「最初に出会った思い出の場所を最後の場所にしたい」というのが祖母の最後の願いだったそうです。
その話を聞いた後に私は、あの二人組の足音は祖父と祖母の足音ではないのかと考えるようになりました。祖父が亡くなったのがきっかけで、祖母と一緒に思い出の場所へ戻ったのではないのかと考えると、不思議と納得がいきました。
私への不自然な視線や私の肩についた痣は祖父と祖母が私に「幸せになってね。いつでも見守っているよ。」という強い思いが影響を与えたものなのではないのでしょうか。
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