僕は大学の頃、写真部に入っていました。
一眼レフカメラも手の届きやすい価格になり、それ以外にも良いミラーレスカメラもたくさん発売され始めた頃だったので、高校卒業してからカメラをいじり出した奴が多かったですね。
結構活動的な部で、夏休みや冬休みには撮影旅行なんてものもやってました。
まあ、これは希望者のみでしたがね。費用もそこそこかかるので、参加するのはせいぜい5人くらいでした。
僕が大学2年の時、夏休みの撮影旅行が台風で中止になってしまい、代わりに10月の土日に紅葉撮影旅行をすることになりました。
参加者は3年生のA先輩、同級生のB、1年生のC、そして僕の4人。
行ったのは車で2時間ほどの場所にあるM岳という山です。
登山初心者でも登りやすく、紅葉の名所にもなっている場所なので、秋の撮影旅行にはぴったりの場所でした。
初めての山登りと紅葉撮影。天気は晴天。僕たちはいつになくはしゃいでいました。
午前中に到着し山を登り始め、昼前には行程の半分くらいに到達しました。
赤く燃える山の景色は、大学近くの自然公園とはスケールが違います。空の青さと山の赤……ちらほらと彩る黄色。
コントラストの美しさをどう切り取ろうかと、僕たちはカメラの調整をしながら和気藹々と歩を進めていました。
やがて登山道は途切れ、川を渡る橋に差し掛かりました。
「うわぁ…これはすごいなぁ!」
誰ともなく声をあげました。
その橋は、吊り橋だったのです。
テレビや写真では見たことありますが、実際に見るのは全員初めてでした。
長さは50メートルはあったと思います。
一歩、また一歩と足を踏み出すと、その歩みに反応して橋が揺れて、普通の橋とは違うスリルがありました。
「おい、ガキみたいに走るなよ?他の登山者も渡るかもしれないんだから、ゆっくり進め」
先頭のA先輩が年長者らしく言いました。
僕は一番後ろを歩いていましたが、誰一人走ろうとする者はいませんでした。ふと、橋の下に目を向けると、下には川が静かに流れています。高さは50メートル以上はあるでしょう。20階建てのマンションより少し高いな、と思うくらいです。
じっと眼下に流れる川を見つめていると、まるで吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えました。
まるで、誰かに手を引かれて、そのまますぅ…っと真っ逆さまに落ちていくような…
この程よい揺れが、そんな危うい気分にさせているのかもしれない…
しかし、それとは別に、下を見つめた時に妙な感覚を覚えました。
山の空気とは違う、もっと身体中に張り付くような冷たい気配です。
自分が今いる吊り橋の真下から、誰かが見ているような…何とも気持ち悪い感じが…
「何やってんだよ、さっさと来いって」
Bに促され、僕は歩き出しました。
4人が歩くたびに、吊り橋はギィ…ギィ…と音を軋ませます。
これ崩れたりしませんよねぇ?なんてCが軽口を叩き、みんなで怖い怖いと笑い合いました。4人の賑やかな声に、軋む音は目立たなくなりました。
しかし、僕の耳にはなぜかよく聞こえてきました。
ギィ…ギィ…
よく聞こえる…やけに耳につく。足元から…いや違う。
山鳥の声と木々のざわめきに混じり…その足音は僕の後ろから微かに聞こえて来ました。
僕は立ち止まり、振り返ります。他の登山者が歩いているのかも…。
しかし、後ろには誰もいません…この吊り橋を渡っているのは、この4人だけです。
ギイィ…ギイィ…
確かに聞こえます。僕たちのものではない足音が、少し後ろの方から…
「……なあ、早く渡ろうぜ。なんかやばいよ、この橋…」
「先輩、揺れるのそんな怖いんですか?」
からかい半分に言ったCを見つめ返すと、彼は僕の様子と表情から何かを察し、軽口をやめました。
足早に吊り橋を渡り終えると、みんなが「何かあったのか?」と聞いてきました。僕は先ほどの奇妙な足音について話すと、三人は考え込むように唸りました。
「それは本当に後ろから聞こえてきたのか?」
「確かに後ろから聞こえてきた。誰もいないのに、こちらに近付いてくるような感じで…」
「聞き間違いじゃないのか?」
「いや。聞き間違いなんかじゃない。本当だ。信じてくれよ」
「嘘をついてるなんて思っちゃいねえよ。まあ、帰りもここを渡るから、少し気を付けとこう」
A先輩が話をまとめ、僕たちは歩き続けました。やがて道は二手に分かれます。一方は山頂への登山道。もう一方は川の方へと下る道。
「せっかくだし、川の方も撮影してみよう」
Bの提案で川に向かうと、そこは見事な撮影スポットでした。
偶然人がいなかったこともあり、僕たちは清流と紅葉と青天のコントラストを活かした撮影に没頭しました。
ふと上へと目を向けると、あの吊り橋が見えました。
Bは吊り橋と紅葉を撮影していました。それを見て、僕は少し嫌な予感がしていました。
あの吊り橋、撮って大丈夫なのだろうか…
そうこうしてるうちに、釣竿を持った人が数名下りてきたので、邪魔になってはいけないと山頂への登山道に戻りました。
ちょうど昼飯時に山小屋に着いたので、持参したおにぎりを食べながら、撮影した写真を見せ合いました。同じものを写していても、撮影者によって個性が出ます。
カメラの画面を見せ合いながら、楽しく会話をしていると、カメラをいじっていたBの表情が途端に曇りました。
どうかした?と声をかけると、無言でカメラの画面を僕たちに見せてきました。
それは、あの吊り橋を写したものでした。
美しい紅葉と空の青さ…真ん中に吊り橋がかかっています。
しかし、吊り橋の下辺りに不自然な影が見えました。
よく見ると、それは人間の姿でした…
誰かが吊り橋から真っ逆さまに落ちたような…飛び降り自殺の瞬間を切り取ってしまったような…そんな仕上がりになっていました。
「…撮った時、誰か飛び降りてました?」
「そんなわけない!そんなところ見たら、嫌でも分かるよ」
「あの吊り橋、誰もいなかったよな?俺たちが撮影してるとき、誰もいなかったよな?」
「い、いませんでした…絶対いませんでした…」
その時、偶然近くに座っていた男性が僕たちの会話を聞いて近付いて来ました。
「何?君たち、あの吊り橋撮ったの?」
Bは男性に撮影した写真を見せました。彼は何度とここに来ているのでしょう。どこから撮ったものか見ただけですぐに理解しました。
そして、そこに写っているものの異様さも…
「あぁ…ここの吊り橋撮っちゃったんだ。ここはね、撮影禁止のところなんだよ。川に落ちたら危ないってのもあるけど、よくこういう“写っちゃいけないもの”が写るから」
どういうことですか?と聞く前に、彼は僕たちを見つめて言いました。
「あの吊り橋ね、自殺の名所だから」
ぞ…っ、と背中に冷たいものが走りました。
僕たちが歩いてきたあの場所で、誰かが飛び降り自殺をしている。それも一人や二人ではない。
僕が聞いた足音も、真下から伝わる異様な空気も、そしてBが撮ったこの写真も…
この世のものではない何かなのでしょう。
僕たちが押し黙っていると、男性はBに向かって早めに写真を消してしまうように忠告しました。気味の悪いものだから…と言っていましたが、それだけではないような気がします。
彼はそれだけ言って山小屋を出ていってしまいました。
あれ以来、僕たちはM岳に近付いていません。この時撮影旅行に参加したメンバーはその後旅行には行くことがありませんでした。
大学を卒業して久しいですが、後輩のCとは今もよく飲みに行きます。
その時に聞いたのですが、Bは亡くなったそうです。
Cの話では、自宅のマンションから飛び降り自殺をしたとか…。何か悩みでもあったのでしょうか…
「先輩。俺、B先輩の大学の時のカメラを、B先輩のお父さんから頂いたんですよ。そしたら…まだあったんですよ。あの吊り橋の写真。消してなかったんですよ」
あの男性は、写真を早めに消せと言っていた…もしかしたら、この写真を残していたせいでBは死んだのかもしれません。
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