【怖い話】開かずの間

短編の怖い話



 何処の地域にだって、タブーがあるのかもしれない。
 私と妹、両親が引っ越してきた先は、かなり田舎の方だった。
 その近くには、古いお屋敷のようなものがあった。
 いつ、建てられたのか分からない。
 何かの事情で、取り壊しも出来ないのだと言う。
 ただ、絶対に入ってはいけない場所、と地元では言われているみたいだった。

 私は双子の妹である遼子(リョウコ)と一緒に、その古いお屋敷を探索する話になった。
 もう、高校生なのだから、そういった子供っぽい事は控えた方がいいとも両親には咎められたが、高校生だからこそ、そういった刺激に飢えているのだ。

「スマホでさ。何があるのか、撮影してみようよ」
 遼子はそう、悪戯っぽく言う。
 遼子はとても楽しそうだった。

 そして、学校帰りに、私達は、そのお屋敷へと向かった。
 屋敷の扉を開ける。
 鍵は掛かっていなかった。
 もし、鍵が掛かっていなかったとしても、窓から侵入するつもりでいた。事前に、窓に鍵が掛かっていない事を、遼子は調べていたみたいだった。

 中は酷く埃っぽかった。
 それに、何かの悪臭がする。

「嫌だ。……猫が死んでいる…………」
 彼女は少し不快そうな顔をする。
 黒猫の死体が、半分白骨化して転がっていた。猫、と遼子は言ったが、もしかすると、違う動物の死体かもしれない。とにかく、それは元々は黒い毛だった何かで、犬にしては小さ過ぎた。

「奥に行こう」
 自然と、私も好奇心が溢れてくる。
 中は、和室のお屋敷といった感じだった。
 草がぼうぼうと生えた畳などが見えた。……完全に、放置されている。

「ねえ、これ、何だと思う?」
 私は遼子に訊ねる。
 それは、扉だった。
 真っ赤な文字で大きく“開けるな”と、ペンキのようなもので書かれている。

「開けるな、って書かれていたら、余計に開けたくならない?」
 そう、双子の妹は言った。
 彼女はさっそく、がちゃがちゃ、とドアノブを弄っていた、南京錠が掛けられていたが、それが、簡単にぽろり、と、地面に落ちる。

 私達二人は、開かずの間の奥へと入る事になった。

 すると、そこには、何かを監禁していたようなものが置かれていた。
 鎖。首輪。それから、刃こぼれをした錆びた牛刀が転がっていた。
 強烈な腐敗臭が漂っている。天井付近には、変な虫のようなものが、こびり付いていた。そして、天井からは、何か藁で出来た大量の人形がぶら下がっている。
 部屋の片隅には、何かの動物の臓物らしきものを入れたバケツが置かれていた。
 …………、糞尿の臭いもした。

「…………何? これ?」
 私は思わず、呟く。
 壁を見て、気付く。
 何やら、大量に爪で掻き毟ったような後が付いている。……爪の破片も、壁に突き刺さっていた。
「ねえ、これ何だと思う……?」
 私は思わず、妹に訊ねる。
「誰か、人を…………、監禁していたようにも見えるね……?」
 遼子は震え声だった。
 彼女は、おもむろに天井を見上げる。
 そして、遼子は無言のまま唇を震わせていた。

 ふと、この廃屋の何処かで何かの物音が聞こえた。
 それは息遣いに聞こえた。
 そして、それは強烈な気配を伴って、私達に近付いてきた。

「どうしよう、お姉ちゃん。もう、早く帰ろうよ……」
「う、うん…………」
 私は頭がクラクラした。

 私達は、急いで、その部屋を出た。

「どうしよう、お姉ちゃん」
「どうしたのよ…………」
「あの、開かずの部屋に、スマホに付けていたストラップ、落としてきちゃった……」
「……、もう忘れなさいっ!」

 絶対に見てはいけないものを見てしまった。
 足音が近付いてくる。
 私達二人は、ひたすらに逃げた。
 玄関の明かりが見えた。
 私達二人は、夢中で逃げ出した。

 あれは、一体、何だったのだろうか。

「私、見た…………」
 妹は塞ぎ込んでいた。

「天井から、覗いていた」
 妹は、恐ろしい事を言った。

 数日後、私達、二人は近くのお寺で見て貰う事にした。
 妹が40度以上の熱にうなされたからだ。
 私は熱で苦しむ妹を半ばムリヤリに外に出して、お寺へと連れていった。解熱剤など口にしていたが、彼女の熱は一向に引かなかった。そして、恐ろしい事に、身体の所々に奇妙な痣のようなものが出来始めている。まるで蛇にでも締め上げられたような……。

「あの屋敷に勝手に入ったのですか」
 お寺のお坊さんは、私達二人を叱責するように言った。

「あそこには、銅(あか)様が住んでいらっしゃる。今夜は、この御堂に泊まっていきなさい」
 お坊さんは、険しい顔をした。
 お坊さんは、まだ徳が少なく、若い方で、五十手前と言っていた、それでもそれなりにこのような“忌み物”に関しての知識は多少あると言った。

「銅様ってのは何なんですか? 悪霊? 妖怪? それとも、神様か何かですか!?」
 私は悲鳴に近い声で訊ねる。

「いいえ、…………生きた人間です。もう三十年くらい前から、あの御屋敷に住んでいる」
「生きた、人間……?」
「もういい年の老婆でしょう。……いや、三十年くらい前も、老婆だったような。彼女は呪いを代行する術師ですよ。この辺りでは有名です」
 お坊さんは険しい顔で言った。
「銅様のお家に無断で入られたのですね?」
「はい」
「開かずの間を覗かれたとか」
「はい、……悪気は無かったんです。……無人の家だと思い、好奇心で…………」

 お坊さんが言うには、銅様というのは、昔は丑の刻参りなどを専門にしていた女性だと言う。あの屋敷の中でも、他に大量の呪物が置かれていると聞かされた。

「今夜いっぱいで、呪詛返しを行います。貴方の妹は、どうやら、銅様に呪いを受けているみたいだ。このままでは、呪い殺されるでしょう」
 お坊さんは、険しい顔をしていた。

 その後、お坊さんは、護摩壇に炎を焚き、本堂の中でひたすらに念仏を唱え続けていた。
 私と遼子は本堂から隔離された場所で夜を明かす事にした。

 深夜、2時を過ぎた頃だろうか。
 奇怪な物音と共に、襖がガタガタと揺れた。
 遼子は汗びっしょりで、魘されているみたいだった。
 襖から顔が覗いていた。

 それは、鼻の無い老婆だった。
 人間は鼻が無いと、とても奇妙で不気味な顔になるのだな、と私はこの時、驚愕した。
 一体、幾つなのだろうか。三十年前も老婆だったと聞く。
 その老婆は、歯が殆どない口でげらげらと笑った。そして、襖を閉める。
 …………、すぐに気付いたのだが、その老婆には、耳も無かった。
 ただ、眼は爛々と輝いていた。

 しばらくして、夜が明けた。

 お寺のお坊さんが、私達の前にやってきた。
 遼子はまだ熱が引いていなかったが、身体中に出来ている痣は無くなっていた。

「これで、銅様は帰ってくださいました」
「除霊? されたのですか……?」
「いいえ……、何しろ、相手は生きた人間ですから。除霊では無いのです。取り引きを行いました。お寺に住み付いている、猫を五匹。神木の枝を二つ。それから、古い人形を三体、犬を一匹で、貴方の妹さんへの呪いを止めて頂きました」
 お坊さんは、そのような事を淡々と言う。

「貢物なのですね?」
「はい」
 お坊さんは頷く。
 私はすぐに気付いた。
 …………、呪物の道具に使用するのだろう。
 
 後で分かった事なのだが、あの御屋敷の開かずの間は、銅様が呪いの儀式を行う場所らしい。そして、それは誰にも見られてはならないのだと。
 そして、……銅様への呪いのご依頼は、稀に、今でも行われていると聞く。この辺りに住む上で、絶対に知っておかなければいけない、お約束ごとみたいだった。

 私は実は、こっそりとスマホであの御屋敷の中を撮影していた。
 開かずの間、だ。
 あのグロテスクな部屋の中を匿名でネット住民に公開してみたら、一体、どんな反応が返ってくるのだろうか? という、危険な好奇心に駆り立てられるが、何とかそれを抑えている。私の思考も、随分、……やばい。

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